人の話を聞いていると「でも」と「本当に」と「要するに」の頻度が気になってしまう。


「でも」が多い人はマウンティングを好む。

「要するに」と置きながら無駄の多い話をする人や、「要するに」から続く語りの中でさらに「要するに」を重ねる人は、頭が悪い。

「本当に」は文字通りに真偽を意味するわけではなく程度を表す言葉でもあり、「すごく」に変換することができる(「本当にそう思う」→「すごくそう思う」)。しかし多用をすると程度の対比が失われるうえに、バカっぽくなる。

人の話を聞くときには、この三つの言葉を数えてみるといい。役に立つことはないだろうけど、つまんない話をされても少しは遊べる。

さらに付け加えるとしたら「超」or「めっちゃ」かな。これは、ホストの動画を観ていて気になった。ホストはこの副詞を「超(orめっちゃ)かわいい」「超(orめっちゃ)うれしい」「超(orめっちゃ)きれい」といったふうに乱射する。僕はそれを見て「相手によってはバカにされているように感じるのでは?」と思ったんだけど、意外にも喜ばれるらしい。とはいえ、ただ言えば良いというものでも無いようだ。どうやら、そこにはテクニックがある。僕が見るところ、ホストは愚直な本心の吐露を演出するためにあえて語彙の程度を低くしている。もちろん、バカを演じる必要がないナチュラルなバカでも同様の結果を出せてしまうわけだけど、そういう奴は生き残れないのだろうな。どうでもいい話をしちゃったよ。そんじゃ、超エロい動画でめっちゃシコって寝るね。

ストレスがすごい。


僕は三流ながらもフルスタックのエンジニアだから、いきなり何かが壊れたりすると猛烈に忙しくなる。忙しくない時でも普段から「あれが壊れたらこうしよう」などと最悪の状況ばかりを考えているから、悲観が仕事と言っていい。起こり得ることは起こるのだ。滅多にないことでも、稀にはあるのだ。ただ、どんなに僕がリスクを訴えたところで、クライアントが楽観的だと備えを認めてもらえない。それでも、訴えることには意味がある。あらかじめ訴えておかないと、コトが起きてから「なぜ指摘してくれなかった」と責められるからね。万事、あらかじめ伝えておけば、何が起きたって「ほら、言わんこっちゃない」と言える。しかし、悪いことばかり考えるのは疲れる。ネガティブな思考をするのが癖になってしまっていて、自分の未来に関しても最悪の想定ばかりしてしまう。そんな僕の今を支えているのは、太田上田のえなりかずき回だ。延々とループ再生している。理由は全く分からないけど、えなりかずきのトークには人を癒やす力があるのだと思う。

アナルが限界。


内痔核の痛みを紛らわすためステロイドをケツにぶちこみ続けていたところ、ついにステロイドの副作用が現れて顔面が赤くなりだした。こうなってしまった以上はステロイドを使い続けるわけにもいかないので、折をみて肛門科へ行こうと思う。僕のかかりつけの肛門科の先生は行列ができるほどの人気者で、僕の汚いケツを覗きながら「おー、きれいだねー」と褒めてくれる。ケツに向かって世辞を言われてもリアクションに困るしかないのだが、褒められているのだから悪い気はしない。おそらくは、その褒めっぷりこそが人気者たるゆえんなのだろう。僕もアナルを褒めて人気者になりたい。

おたより:
痔の悩みならこのゲームがおススメです。
https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ190088.html

座薬を入れてくれるお兄ちゃんをください。

男性の生涯未婚率はもうじき30%に達するそうですよ(現状でも約30%ですけど)。


戦前から一次ベビーブームが落ち着くまでの生涯未婚率は男女共に5%もありませんでした。一世紀前は結婚をするのが常識でしたからね。今みたいに“しなくても良いもの”ではなかったのですよ。

結婚をするのが常識という社会においては、家のためやら世間体のために相性などそっちのけで結婚を優先することもありましたから、反りが合わないカップリングにより多くの問題が引き起こされました。そんな仕組みでも維持できたのは、家父長制があったからです。

戦後、我々は文明人として一歩進んだ価値観を身に付けました。「嫌な奴とは一緒にならなくても良い」という今風の考え方を持ち、その通りに生きる自由を手に入れました。選択の自由の代償は“選択されないもの”を生むことですから、結婚しない自由を得た代償として未婚率が上昇するのは当たり前でしょう。結果として“みんなが嫌がる奴”は誰とも一緒になれなくなりましたけど、それはもう、しょうがないとしか言えません。

既婚者がこんなことを書くとまるで未婚者を見下しているように思われるでしょうが、幸いにも僕は“みんなが嫌がる奴”の側にいる未婚者ですから、こうしたことを書ける特権を無駄に振りかざしていこうと思います。こんなことを書き殴ったとて解決する問題などありませんが、「女が悪い」みたいなことを本気で抜かすアホには釘を刺せるかも知れません。「女が悪い」は僕も言いますが、僕には自覚がありますからね。みんなに嫌がられるのも当然なのですよ。

2024年9月のゲーミング。


【逆転検事1&2 御剣セレクション】

昔プレイして面白いと思った記憶があったからリマスターに手を出したんだけど、1をクリアした時点での評価は微妙というか、及第をちょっと下回る。プレイしていて気持ち良くない。正解として良いはずの選択が通らない。ダイアログの筆致がこなれていない。文脈よりも都合を優先して組まれている展開が目に余る。ただ、これについては昔プレイした時も同じことを思ったような気がする。おそらく2で挽回してもらえるのだろう。

~クリア後(ネタバレあり)~

思った通り、2で盛り返したと思うんだけど、昔とはだいぶ印象が違う。無理のある部分がやたら目に付く。僕の主観でしかないと言えばそれまでなんだけど、“記憶喪失が3人いる”なんてのはどう考えたって無理があるんじゃないか? 記憶喪失のキャラなんて一人いるだけでも白けちゃうのに3人もだぜ? みたいなものが気になってしまって、面白いゲームだとは思うんだけど以前のように傑作とは言えなくなった。リマスターなんぞに手を出さず思い出のままにしときゃ良かったかもな。

【風来のシレン6】

僕にしては珍しいことに苦言もなく、ふつうにおもしろい。

【ゼルダの伝説 知恵のかりもの】

クリアした。基本的にはいつもの2Dゼルダだが、今回はフィールドのオブジェクトをコピペする能力を駆使することになる。楽しめたが残念ながら期待値は超えてこなかった。生み出せるアイテムが沢山あるにも関わらず、そのシナジーに幅がない。正攻法ではない攻略法を受け入れる緩さのおかげで難易度は低く、一度もゲームオーバーにならなかったから、手応えという点でも今ひとつだと思う。……が、普通に楽しめはしたので80点は付けられる。

モンハンワイルズがお高い。


ゲームの値段の話ならこの前書いたばかりなので、お高いという感想だけ書いておく。こんなん数を売ろうとしてる値段じゃねえよ。そもそも僕の周辺では据え置きのモンハンが流行ったことがない。持ち運べないと流行らない。それに、お高いと共闘要員の確保が難しくなる。共闘ゲームにおいてソフトを所有する友達の数ってのは、ゲームの出来以上に重要なんだよ。ゲームは1万円で買えるけど友達を買うことはできないもんな。昔はワイワイやってた地球防衛軍にしたって、お高くなってからは遊ばなくなった。布教しようにもお高いゲームを人に勧めるのは気が引けるせいで、気軽に遊べなくなってしまった。

キモいは褒め言葉でしょうよ。


キモくないものなんて、ツルッとしていてつまらんでしょう?

キモいものはグサッとくるんすよ。

それだけで価値が在るんです。

気持ち良いだの悪いだのいうのは、所詮は虫並みの感想ですよ。

下々の者から嫌われたところで、どうってことはないでしょう。

最近の道楽。


ゲームは作っていないんだけど、ゲームエンジンを作ってる。なんだかんだでこれが一番楽しい。エロゲ土方をしていた頃も、ドラゴンブックを読みながらインタプリタを書くときが一番充実してた。今の時代は簡単にLuaやJavaScriptの組み込みができるから、スクリプト言語の自作なんてやらないけどね。シナリオの場合は書いている当人がなかなか感動できないんだけど、プログラムだと思い通りに動いてくれるだけで感動できる。ちょっと速くなっても嬉しくなれる。そのうえ、なんだか生産的なことをしているような気分にもなれるのだから、悪いところがまるでない。

PC不要論ってまだあるん?


高校生のなりたい職業ランキングの半分以上はPCを使う。

Link: なりたい職業ランキング!(スタディサプリ)

小中学生のなりたい職業ランキングのうち半分ぐらいはPCを使う。

Link: 小中学生のなりたい職業ランキング(マイナビニュース)

今はお子様たちでさえPCは不要だなんて思わないんじゃね? PCを使う職業を希望しながら不要と抜かすのはアホの子だろうし。

アイデアを忘れた。


眠る前の、まどろみのなかで、すごいことを思いついたのよ。反射的に「メモらなきゃ」と思ったんだけど、眠たさの方が勝ってしまい、「こんなすごいアイデア、忘れるわけがない」と思い直して眠りについてしまった。翌朝、目覚めると肝心のアイデアはすっかり記憶から抜け落ちていて、「すごいことを思いついた」という印象だけが残ってた。「所詮、忘れてしまえる程度のアイデアだ」と言ってしまえばそれまでなんだけど、残っていた印象があまりにも大きかったから、どうにかして思い出してやろうと思って、眠る前の思考のトレースを試みているのだけれども、眠る前の自分が何を考えていたのかすらさっぱり思い出すことができない。眠る前に見ていたサイトと言えば、VPNプロトコルの解説ページなんだけど、眠る前にはもっと楽しげなことを考えていたと思うんだよな。眠る前に考えがちなものと言えば、サービスか、ゲームシステムだと思う。……と、書いていたら、ちょっとだけ思い出した。横になる前に考えていたのは、ゲームシステムだ。掛け布団をめくるときには、ドラマカーブによってフリーシナリオを制御する方法を考えていたと思う。それからRimWorldというゲームのAIストーリーテラーのことを考えていたと思うんだけど、その先がさっぱり出てこない。システムについて考え続けたのか、他のことを考えはじめたか。物語を考えたような気もするんだけど、物語で“すごいアイデア”に至れるかとなるとだいぶ怪しい。仮に物語だとすると最近はキーストーンを外すと崩れる建築のことを考えていたと思うんだけど、それが“すごいアイデア”につながるとは思えない。よって、最も可能性が高いのは、やはりゲームシステム絡みだと思う……んだけど、さっぱり出てこない。惜しいところまでも辿り着けない。何か、ちょっとしたキッカケがあればズルッと出てきそう気がするんだけどな。もどかしくて気が変になりそうだ。こういう状況に相応しい“ドゥビドゥWhat?”という曲があったことなら簡単に思い出せたけど、僕が思い出したいのはそんなんじゃないんだ。眠ってしまう寸前までは、世界を変えられる気がしていたんだよ。こんなにダラダラと書いてしまった以上は、それっぽいオチの一つでも付けてエントリを整えた方が良いのだろうけど、僕が煮え切っていないから、煮え切らないまま終わろうと思う。これを読んだやつは1000文字も読んで何も得られなかったことにモヤッとしちゃえばいいんだよ。