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ゼノブレイド3。


130時間でクリアしましたよ。

「こいつら全員思春期じゃん。夢精とか生理はどうしてんだよ。セックスを知らなくても朝勃ちはするだろ」みたいなことを思いながらプレイしてました。

妖怪の僕が7日も掛けたので、人間の場合は1~2ヶ月ほど掛かるのではないかと思います。

このシリーズのストーリーは苦手だし嫌いなんですが、引き算が美学とされるゲーム業界において容赦なく盛る方向性で作られているレアなゲームですから、やらないわけにもいかんのですよ。

3は期待通りに盛られていたので、僕は満足しています。

何があろうとも人を殺してはいけないってのは違うと思う。


人様を害してはいけないというルールは、害されたくない者同士が互いの身の安全を担保するために結ぶお約束から生じているものですから、害されることを拒まない人や、害されることが確定している人、いわゆる無敵の人ってやつには、あまり有効じゃないんですよ。

なんなら人一人を死へと追い詰めた時点で社会の側が先にルールを破っているとも言えてしまうので、そのような場合において少なくとも僕は人殺しを「問答無用の悪」とは断定しません。「社会が殺してくるのであれば、逆に殺しても良いはずだ」という主張には、「社会の害意」なるものが事実として認められる限りにおいて正当性があると思います。

無敵の人による凶行を止めるには「その道徳を以て踏み留まれ」と言うか、鎖で繋いでおくか、やらかす前に殺すしかないと思うのですが、人一人が追い詰められる過程において道徳には失望させられるのでしょうから、道徳には頼り切れません。かといって「危険な感じがする」とかいう理由で繋いだり殺したりするのは人権侵害ですから、セーフティーネットの拡充あたりで手を打っておくしかないんですよ。

つまりですね、いわゆる社会保障というのは、強者の盾として機能するものなのです。「なぜ税金で弱者を養ってやらねばならぬのだ」とブチ切れる蒙昧もおりますが、その「なぜ」には「おまえを刺す奴を減らすためにだよバカ」という明確な答えがあります。

自己責任論で弱者を切り捨てた果てに、その弱者が生存を脅かされるまでに困窮するようであれば、たとえその弱者が盗みを働こうと、強者を刺しに行こうとも、少なくとも僕は非難しませんよ。自己責任という言葉は弱者に対し用いられがちですが、強者にだって当然あるんです。弱者の不満を抑えることができずに刺されてしまうのは、強者のしくじりなんですよ。

と、剣呑なお話をしてしまいました。時節的に山上君のことを書いていると思われてしまうかも知れませんが、あれはまた別の話です。山上君は命を投げ出す覚悟を持っていたので無敵の人には当て嵌まるのでしょうが、彼は生存を脅かされたわけではありません。供述や手紙やブログコメントやツイート通りの動機であるなら、私的な復讐か、あるいは、日本では認められていない抵抗権の行使に近いんじゃないすかね。

統一教会を21世紀までのさばらせた責任は老害共にあります。30年前の統一教会バッシングの頃の僕はまだクソガキでしたが、そんな僕でも責任を感じているので、老害共は僕よりも感じるべきです。それができないというのであれば、あまりにも耄碌が過ぎており若者にとって害でしかないので死んだ方が良いと思います。行政の中にあってカルトを護っている人々もそうです。もし自らの行いに疑問を抱くことがないのだとすれば、心根から畜生に成り果てているので死んだ方が良いと思います。「死んだ方が良い」は言い過ぎですかね? この軽口に嫌悪感を抱ける程度の倫理観を持つ人ならば、統一教会に対しても毅然とした態度を示せるはずですよ。

【おたより】希望は極めて希薄です。


残り三年を切りましたので、次回作の制作の希望は希薄そうと思い、初めてromではなくお便り致します。
蒼色輪廻の製作者様が同じ流れを思ってくださるだけでも嬉しい限りです。
できれば、できれば”三度目”のアウターワールドがこない社会ができることを望みたいものですね。
童貞バンザイ!!

希望は極めて希薄です。
そこそこ貯まってきたはずのお金も、コロナで減りだしております。
そうなってくると僕はもう消えていくだけの人ですから、色々とやる気がありません。
蒼色輪廻は書き直すかもね(趣味で)。
冒頭の堂浦のモノローグを増やしたい。
冒頭だけで文庫本ぐらいのボリュームにして、そんなもん誰が読むんだよって怒られたい。

こんな形で統一教会問題が息を吹き返すなんてね。


全国霊感商法対策弁護士連絡会からの抗議に対し安倍晋三氏が「ビデオレターを出したのは軽率だった。被害者の方に不快な思いをさせてしまい申し訳ない」とでも回答していたなら状況は違っていたと思うのですよ。

きっと僕らにも責任はあります。
前世紀に提起されていた問題を、すっかり忘れていたのですから。

無気力なのです。


無気力なのでブログの更新もサボっているのですが、無気力ならば無気力と書いた方が良い気もするので書いております。

世間様は選挙で盛りあがっているようですが、馬鹿が馬鹿を担ぐお祭りなんて僕にとってはどうでも良いのです。

馬鹿は放っておいても歴史に裁かれるのですから、どうにかしてやろうとは思いませんし、どうにかできるとも思いません。

大体、何ができるってんですか? ポイントオブノーリターンを過ぎてから考えたって無駄なんですよ。

皆さんがこれから考えるべきことは、それぞれの身の処し方であり、学ぶべきは「生存術」か「後始末」です。

他者の幸せを願う余裕など消えてしまうのでしょうから、せめて自分だけでも幸せになれるよう各々頑張ってください。

僕は皆さんの幸せをお祈りしますよ。僕は自分に望みを持っていないので、代わりに、良きように生きてください。

まあ、誰かが幸せになったって、僕は幸せにならんのだけどね。

それでもほら、他人の幸せを願う人って、不幸を願う人よりは印象が良いわけじゃない?

だから僕は本当のところは全人類が不幸になれば良いと思っているのだけれども、世間体を取り繕うためにまるで逆のことを言っとるわけですよ。

というのさえも実は露悪表現であって、本当は幸せを願っているのだけれども、そのまま伝えるのは恥ずかしいから照れ隠しをしているのかも知れない。

どっちだろうね? というか、何が言いたいんだろうね? 分からなくなった? 分からなくなるようにしたんだよ。

何か言ってるようで何も言ってないエントリーを書いてやろうと思って。

アウターワールド(二度目)。


苦しみは現実を意のままに操ろうとするところから始まるのです。
物事はこうあるべきという考えに固執し、ありのままの姿を楽しめないことが原因です。

コントロールジャンキーだらけの昨今では耳の痛い台詞だね。

十三機兵防衛圏。


「高いから」という理由でスルーしていた本作ですが、ついにやりましたよ。安くなったので。

(そして感想は一切書かないっていう)

理由もなくイラつく。


理由がないから当たれるものもない。

自分にとって都合の悪い記憶や感情を押し込んできた心の中のゴミ箱が経年劣化で壊れかけている。

というわけでUnityで遊んでる。

ゲーム作りらしきことをしている時が一番落ち着く。

そう言えば、僕という人物は、もともと、これをする人だった。

生活を維持することにかまけすぎたな。

今期の変態倉庫番。


Baba Is Youよりルールは簡単。

(解くのが簡単とは言わない)

怒りに任せて人を殴ってはいけない理由。


昔、友達のCDケースから取り出したCDをフリスビーにして遊ぶというイタズラをしたことがあります。

といっても、投げたのはブランクのCDで、本物のCDはあらかじめ別のケースにうつしてありました。

友達を驚かせた後で「本物は無事だよ」とネタばらしをするつもりでいたのですが、ネタばらしをする隙もなく僕は顔面をグーで殴られました。

結果的に僕はその友達と絶交することになりました。

イタズラを仕掛けておいた僕が言うのも何ですが、彼は殴りたいという気持ちを少しこらえて対話の時間を設けるべきでした。

せめて拳を振り下ろす前に「なぜやったのか?」と訊きさえすれば、結末を変えられたと思うのですよ。

「良く見ろブランクCDだ」「ふざけんなよもう、ビビらせやがって」「あはは。騙されてやんのー」といった感じになっていたと僕は思うのですよ。

彼が殴りさえしなければ。