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いよいよ原油が入らなくなるってよ。


見たことのない日本が見られるも知れんね。

2026年3月の何か。


あまりゲームをしていないのでタイトルを「何か」に変更した。

以下に気になるゲームについて思うことなど書くが、実際にプレイしているゲームは極一部であり、記載の大半は酸っぱい葡萄理論を振るうさまを披露するだけのものとなっているので、誰にとっても参考にならないと思う。

【龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii】

もらったからやってる。如くシリーズって基本的には面白いんだけど、しっかり寄り道する僕にとっては、たいして(あるいは全く)面白くないミニゲームをやらざるを得ないのがツラい。マリオカートを水で薄めたようなドラゴンカートというゲームに至ってはつまんないうえに時間も掛かるから、そこでゲームを中断している。

【ONE PIECE(実写)のシーズン2】

僕のお友達にはこのドラマを「馬鹿馬鹿しい」と言って観ない人がいるんだけど、ことこのドラマに限ってはそういう態度で接してはいけない気がする。このドラマは実写化の最高峰と呼んで差し支えない代物だろうから、エンタメに関わる者であればモデルケースとして観ておいた方が良いのではないかと思う。確かにあの世界観は非常識だし荒唐無稽なんだけど、その荒唐無稽さを視聴者に受け入れさせてしまう説得力があると思う。大の大人が至って真面目に馬鹿げたことをするなんて最高じゃないか。

【ぽこ あ ポケモン】※やってしまいそう→やらない

最初はスルーしていたんだけど、やたらめったら評判が良いので調べたところ、DQBを作ったオメガフォースが開発していることが分かり、「面白くないわけがねえじゃん」と思った。しかし、9千円であるよ? カタチケであれば約2本のゲームが買えるお値段であるよ。約束された神ゲーである ‘Slay the Spire 2’ の3本分であるよ。というわけで買わない理由を探しているのであるが、「高い」以外の理由が思い浮かばないので気を抜くとやってしまいそう。

《追記》

「ゲーム内時間が現実の時間とリンクしている」という決定的な拒絶理由ができたのでスルー決定。「ゲーム内時間を現実時間と連動させる」だとか「現実時間でスタミナが溜まる」だとかいった仕様は面白さを担保しないどころか夜行性の僕にとってはストレス要因なので、そこに9千円を払うような冒険はしない。カタチケがあれば買っていたかもな。

【零 ~紅い蝶~ REMAKE】※たぶんスルー

6,380円は良心的だと思う(少なくとも上のに比べれば)。僕は零を全作やっているのであるが、やっているがゆえにやらなくても良い気がしている(お布施ならば前のリメイクでしたし)。2026年に最新のハードで紅い蝶を遊べるのは素晴らしかろうとも思っていたのであるが、レビューを見るとサムズダウンが多すぎる。どうやら戦闘の評判が宜しくないらしい。PC版の零は出揃ってきたので、コエテクはそろそろ出すたびにコケてる刻命館の復活にも(懲りずに)チャレンジすべきではないか? みんなは買わんだろうけれど、刻命館と零への支持だけでテクモの株主をしていた僕は買う。

【TXQ FICTION / 神木隆之介】

タイトルの時点で大勝利だと思う。フェイクにリアリティーを強制付与する力技と言える。何らかの映像作品のメイキングをモキュメンタリーとして描く構造はモキュメンタリーとしてもTXQ FICTIONとしても目新しくはないのだけれども、今回はその対象がTXQ FICTIONそのものであるということと、神木隆之介がやっているという二つの新鮮さのおかげで、それなりに楽しむことができている。全4話のうち3話までが放送され、残すところは最終話のみとなった。ここから神木隆之介が酷い目に遭うパターンへ行くとは思えないし、かと言って傍観者で終わるとも思えない。僕ならば「神木隆之介はモキュメンタリーの制作を通じて誰かを探している」とするのだけれども、それもそれでちょっと(……というか、モキュメンタリーにおいてはかなり)ベタなんだよな。というわけで、最終話の着地が楽しみである。着地があればの話だが。

現実なんてこんなもんでしょう。


Link: 男性が女性に求める令和の結婚の条件「身長160cm以上」「年収600万円」「共働き」…“もはや就活と同じ感覚”婚活カウンセラーが語る婚活市場の激変

この記事によるとパートナーというのは子作りの道具であり、財布でもあるらしい。

それにしても、身長ねえ。

令和を生きる人たちは昭和を生きた人々よりも礼儀正しく振る舞うようになったようでいて、ルッキズムに呪われているようだ。

SNSの普及により、人々の容姿の優劣は「いいね」やら「表示回数」といった数値で比較されるようになった。

公に人様の見た目を揶揄するような風潮は改善しつつあるものの、容姿に執着する者は増えているのかも知れない。

ブスの扱いはポリコレの力によって侮辱から無視へと転じつつあるけど、いずれにしろブスは助かりそうにない。

我々が交尾により繁殖する生物である以上、配偶者選択の基準を持つことは必然だから、見た目で判断されてしまう現実は変えようがないとは言え、「しょうがない」では割り切れない。

しょうがあろうが、なかろうが、ブスはブスとして生きてかなきゃならないんだから。

僕はずっと、そのことに怒ってる。どうしようもないと知りながら、怒り続けてる。

ブスは生得の性質であるから、それにより肩身の狭い思いをするのは理不尽でしかないんだよ。

ならばどうすれば良いかって? 気にしない(あるいは気にしない振りをする)か、美という価値を蹴飛ばして別のルールで戦うか、フィクションの世界に逃げ込むか、全力で傷を舐め合うかしかないんじゃないか?

美の基準は文化的に書き換えられると言う人もいるけど、それは平均顔を中心としたレンジでしか通用しないだろうし、そもそも基準があること自体が問題なのだから、対策としては無意味だろうね。

いずれの道を選ぼうと負け犬呼ばわりはされろうだろうが、自己決定権の埒外の評価を気にするのは時間の無駄だと思う。

我々は賢くなるしかないのだ。

今日の工作。


自分用のアイデアプロセッサを作った。

この手の道具で重要なのは思考を妨げないことであって、多機能を正義とするのは誤りだと思う。


夢枕に立った川喜田二郎先生から「グルーピングができなきゃ話にならんだろ」とキレられたので、仕方なくグループ機能を作ったところ、実用性が爆上がりした。

POPOPO.


すんごいものかも知れないんだけど、意識の高さが成層圏まで届いていそうな感じがキツい。


発表された。

Link: POPOPO発表会

目の付け所は悪くないと思うし、需要もなくはないと思うんだけど、仮に僕が作るとするならば真っ先に入れるのはボイスチェンジャーなんだよな。声にコンプレックスを持ってる人って、めっちゃくちゃいると思うから。

AI依存は人類史上最大の単一障害点を生み出し得ると思う。


バラ色の未来を思い描くのは自由なんだけど、些か楽観的すぎると思う。

僕らの歴史には時折、アナログがデジタルに勝るような状況が立ち現れる。

たとえば震災等の被災地においては、模造紙や段ボールや公衆電話が通信の要となり、貨幣が主たる決済手段となり、手書きのカルテで医療が執り行われる。

止めることができないシステムには必ず、アナログ的な手段を用いての冗長化を施す必要があると思う。

ゆえに、ファックスには生き残る価値があるとも思う。何でも新しくすりゃ良いというわけではない。効率を求めるほどシステムは脆くなる。

最近では大企業がAIの使用を前提に人員削減を進めていると聞くが、LLMを利用できなくなった場合のバックアッププランはあるのだろうか。

おそらく無いと思う。危急時には、ただ、どうしようもなくなるだけだろう。

無くなっても大して困らない企業がAIに依存するのは構わないけれど、公共性を担う組織は平時の効率を犠牲にしようとも人間を使い続けるべきだと思う。

非凡性の時代がやってくる。


AIによって今後プログラマーやデザイナーの立場は厳しくなっていくと本職の人から聞いた。

(一応、僕の本職でもあるのだけれども、いわゆる一人親方なので現場感覚には疎いのだ)

現場では猛烈な勢いでAIの使用が増えているのだそうだ。

今やAIの是非を論じている場合ではなく、乗らなければ食えなくなるということで、なし崩し的かつ地滑り的に利用が加速しているようだ。

どうやら、多くの人に生存競争への参加を強いるパラダイムシフトが起きているらしい。

十代からプログラミングを学んできた僕の知見の価値も幾ばくか損なわれてしまったと思う。コーディングにおいて僕がやれることの大半はLLMでも行えるからね。

LLMは平均点を叩き出す装置だから、AIが活用されだすと凡庸さの価値が失われていく。

真面目さや実直さ美徳とする日本人に取っては猛烈に手痛い話になるが、「平均点を取れれば十分」とされていた職能が割を食うことになる。

「可もなく不可もなし」の人材の評価が、不可寄りになってしまうわけだからね。

逆に、非凡性の価値は極大化していくと思う。それは単に非凡でさえあればいい。それは「優れている」でも「変わっている」でもいい。あるいは「大きく劣っている」でも良いのかも知れない。

それが、AIの台頭によってもたらされる21世紀のアバンギャルドだと思う。

AIの時代には構想そのものや、構想をLLMに伝える能力が大きく評価されるようになる。

指示通りの仕事をしてくれる道具が普及してしまうと、指示の価値でしか差別化ができないからね。

横並びの能力を手に入れてしまった人類は、非凡性で競うしかなくなるんだよ。

それが、「LLMで作られた物はみんな同じに見える」といった凡庸化の先に待つ未来だと思う。

不安は沢山あるけれど、逸脱が評価される時代が来ると考えると、なんだか楽しいね。

僕は物語を書くべきかも知れない。


【実存的飢餓】※AIに書かせた

AI社会において、人間は一つの逆説的状況に直面する可能性がある。

知的・言語的充足が極端に高まる社会では、身体的・存在的経験への欲求が強まる可能性がある。

AIは膨大な言語的共感を生成できる。理解、慰め、助言などはほぼ無限に供給される。しかし人間の経験には言語だけでは満たされない領域がある。

例えば、どれほど多くの言葉による慰めがあったとしても、単一の身体的抱擁に代替されない場合がある。

この差異は、人間の経験が単なる情報交換ではなく、身体的共在に依存していることを示している。

AIが知的充足を拡大するほど、人間はこの身体的次元の欠乏を強く意識するようになる可能性がある。

この状況を本稿では実存的飢餓と呼ぶ。

実存的飢餓は、ポストデジタル文化の文脈で理解することができる。

ポストデジタルとは、デジタル技術が日常の基盤となり、もはや特別なものではなくなった状況を指す。この状況では、デジタルの否定ではなく、デジタルの飽和が起こる。

デジタル生成物が無限に供給される社会では、価値は次の領域へ移動する。

・身体
・共在
・時間
・物理的経験

これらは完全にデジタル化することが難しい経験である。

したがってポストデジタル社会では、身体的経験が文化的価値の中心となる可能性がある。


ブログエントリをLLMに書かせるようになったら終わりだよ。

2026年2月のゲーミング。


【仁王3】

クリアしました。以下の画像の通り、主だった収集要素は全て拾っています。

面白かったし楽しめもしたんですが、1や2には及ばないと思いました。オープンワールド化によって、面白味が減ったと思います。似たような景色の中で似たようなことをやり続けるフィールドなんかいらないんで、もっとダンジョンを提供して欲しかったです。ダンジョンもダンジョンでどこもかしこも似たような景観で退屈でした。

【仁王3】なんだけど、ニンジャスタイルがなんか強すぎない?

ニンジャが強いというよりも、サムライがパッとしないように感じる。サムライはニンジャよりもやれることが少なくて鈍重なのに、ハンデを覆せるほどの利点を持っていない。構えを使いこなすメリットが複雑さに見合っていないとも思う。転身というシステム自体、設定上の合理性すら無くてプレイスタイルの押し付けになってるし、この仕様のせいでパリィ系アクションが「ジャストガード、ジャスト転身、ジャスト回避、ジャスト守護霊技」と、とっ散らかってしまっているし、サムライとニンジャを両立させなければならないという制約によってビルドの幅も狭められている。せめてサムライとニンジャでそれぞれ別に能力値を振る作りであれば、明確にロールを分ける運用ができたかも知れないのにな。ただでさえビルドの幅は広くないと思う。能力で振った数値に対しパラメーターの伸びが悪いから、陰陽術と忍術を除くパラメーターについては均等振りが優位になりがちだ。金策が厳しいのも頂けない。拾えるゼニも売却金もしょぼすぎて、豊臣家でしか稼げない。揃え効果についても使ってみたいと思えるものがあまりない。……と、文句を言えばキリがないけれど、仁王らしさはあるから楽しめてるよ。ストーリーも酷いもんだけど、まだ発売から日が浅いから触れないでおく。

【バイオハザード レクイエム】

発売直前まで検討したが、どうしてもやりたいって程でもないと判断してスルー。だが、やれば普通に面白いと思う。

「笑わせ」と「笑われ」はやっぱり違う。


昨日は久方ぶりに通行人から笑われました。二度で、どちらも女性です。

すれ違い際、思わず漏れてしまったかのように「ふっ」という感じで笑われました。

外出時には帽子とマスクですっかり顔を隠しているので、顔を笑われたわけではありません。

笑われたのは、おそらく格好です。

妙な格好をしようと思っているわけではありませんが、真っ当な格好をしようという意識も無いので、傍から見ると尋常ではない格好になっていたのだと思います。

こちらに「避けられる非」がある以上、向こう様を責めはしませんが、「笑ってもらえて良かった」で処理をするには何だか少しモヤッとします。

何を笑われたのかが分からないのです。大まかな理由が「格好」であることは分かるのですが、仔細が全く足りていません。

「笑わせ」と「笑われ」の違いは自覚の有無です。

笑われることが分かっていれば、それは「笑わせ」になるわけですが、分からなければ、それは「笑われ」になります。

「笑わせ」は知的な行いですが、「笑われ」はただの愚鈍です。

まあ、愚鈍であることは否定しませんが、「理由が分からない」という状況はどうしたって気持ちが悪いんですよ。

いずれにしろ舐められているとは思います。仮に僕のガタイが良かったならば、向こう様は死ぬ気で我慢するでしょうから。

AIで仕事を失う人が現れた。


僕のお友達がクライアントから「Claudeがあればウチだけでやれるから」と三行半を突き付けられた模様。

たとえClaudeがあったとて、プロジェクトの規模が大きくなると素人では手に負えなくなると思うんだけどな。

そこから吐き出されるコードにしたって、非エンジニアからすりゃ「誰も仕組みを知らないけれども正しく動いているように見えるブラックボックス」に過ぎないわけで、コードに責任を負う者も存在しない。

まあ、エンジニアを切るということは、それで良いってことなんだろうけど、少なくとも2026年2月現在のLLMの力量ではエンジニアの不在をフォローできないと思うよ。

たとえばね、LLMを使う場合においても大規模で複雑なプロジェクトほど、コードよりも仕様書を重んじるドキュメント至上主義的な組み方になっていくのよ。

LLMが今後どんなに力を付けても責任者にだけはなれないんだから、今の時点で優秀なエンジニアに対し不義理を働いたって得をしないと思うよ。

AI全盛の時代においても、構造を理解する人間が存在しないプロジェクトは極めて破綻しやすいと思う。そうなった時、誰に助けてもらうつもりなのかな。


ぜんっぜん関係ない余談だけれど、2026年2月末時点ではClaudeは既に一強ではない。確かにちょっと前まではClaude一択だったけど、今はGPT CODEXも選択肢に入る。Claudeよりも安いうえ性能的に見劣りしないどころかむしろ優秀だと思う。