顔を変えられることは分かった。
素晴らしいと思う。
あとは、おちんちんが付けば完璧だ。
サブスクの値上げに対し「値上げ前よりも企業に損をさせる」というミッションを実行しています。
全人類にやってもらいたいです。
このように金に厳しいテキストばかり書いているせいか、稀に対面で「お金に困ってるんですか?」と言われます。
先日も、僕のことをネットで調べたと思われるリサーチおじさんから「お金に困ってるんでしょ? 仕事あげるよ」といった発言をされました。
(僕は人の足下を見るような発言をする人物を蛇蝎の如く嫌っていますから、その方との取引は今後ないでしょう)
僕が金に厳しい理由は、金欠ではなく吝嗇です。
沢山の金を持っているわけではありませんが、貧乏を自称することができない程度には余裕があります。
とはいえ、かつては電車の初乗りさえも払えないほど貧しかった時期もありました。
その頃に染み付いた金銭感覚が、今でも抜けていないのですよ。
生活水準を上げるのは容易ですが、下げるとなると至難です。
いずれ生活が破綻するなどして下げざるを得なくなったとしても、その人は新しい生活の水準に不足を感じながら暮らすことになるでしょう。
そうなることを未然に防ぐには、「足りている」という認知や、「これが私だ」という矜持を備えておく必要があるのです。
脚本執筆界隈では今やデファクトスタンダードとなっているO’s Editorの新バージョンが四半世紀ぶりにリリースされました。
Link: 老舗の縦書きテキストエディター「O’s Editor」が26年ぶりにメジャーバージョンアップ
課金体系は年間\3,300円のサブスクリプションになるのだそうです。
ちなみに、前バージョンであるO’s Editor 2は\2,000の買い切りでした。
仮に10年使うとした場合は、16.5倍の値上げになります。
その界隈で天下を取ったからと言って、絵に描いたような殿様商売を始めてしまった様には心底がっかりしました。
幸いにもO’s Editor 2は昔のソフトながら良くできており、今でも問題なく使えますから、これを使い続けようと思います。
そろそろ孤独死を真剣に考えなきゃならんと思って生存確認サービスを漁ってた。僕としては↓こういうブログパーツをiframeで出せる程度の物が欲しかったんだけど、そんなものを提供してくれるサービスなど現在は存在していない上に、シリアスなサービスばかりで気が滅入った。
かつてはブログパーツを提供するサービスというものも存在していたらしい。
Link: 死んだら発動する“お別れサービス”は何年先まで保証する? – ITmedia
このサービスの提供者は、
サービスの保証期間について、ウィログを直接担当する、同社の市川亮氏は「サービス自身は弊社のサーバーの片隅を使ってやっているので、万一会社がつぶれてしまっても、仕組み的には私個人でも十分回していけます。もし本当に会社が解散して、誰も引き取らないとなったら、私が引き取って管理することも考えています」と話していた。
といった発言をしているのだけど、現在このサービスは存在していない。
きょうびブログパーツなんて誰も使わんもんな。
ただ、ブログパーツの提供をサービスの主たる機能とする必要はなく、XやらLINEやらとの連携によってモダンな実装にもできるわけだから、その気があればどうにかできたと思うし、たいして難しいことでもない。
バイブコーディングがある今なら、あっと言う間にやれる。
面倒なのはドメインやらサーバーの維持を続けることだ。僕が死んでしまったら身も蓋もないじゃないか。ゆえに、この手のサービスは他人にやってもらうに限る。あるいは、どっかに引き受けてもらうか。でもなあ、どう考えても金にならんのよなあ、これ。
……というのをやっていた。
今は3Dモデルのスキニングをやってる。
地味すぎて苦しい。
大抵の老人の思考は遅かったり鈍かったりするのだけれども、僕もいずれはそうなる。あるいはもうなってる。
気力は今がピークだと言うのに、ポテンシャルがそれに追いつかないのは残念なことだ。
先々を思うと恐ろしい。生活苦のようなものはどうにかできても、脳の萎縮はどうにもできない。
アカギの選択は正しいと思う。彼の立場ならば僕だって同じことをする。
生きられる年数なんてどうでもいいんだよ。
あと何年、何十年生きられようが、僕がベストを尽くせる時間はあまり残っていないと思う。
余計なことに時間を使いすぎたな。
メールアドレスというものは長く使えば使うほどスパムに汚染されてしまうのだけれども、現在でも各種プラットホームやサービスにおいては、メールアドレスが主たる個人識別情報として用いられている。
そのようなサービスのアカウントを作成する際にGmailのアドレスを使う人も結構いるらしいんだけど、未使用あるいは規約違反あるいはGoogleの気分で凍結されうるアドレスを使うのは危ないと僕は考える。
四半世紀前には「大切なアカウントはISPのアドレスを使って作る」という常識があった気もするけれど、昨今の常識がどうなっているかは分からない。
ただ、四半世紀も同じアドレスを使っている人が仮にいるとするならば、そのアドレスは相当な汚染を受けてしまっているのではないかと思う。
一部の学校では卒業後も使えるメールアドレスを提供していたりもするのだけれども、恒久的に使えるメールアドレスを提供するサービスというものは存在していない。
そのようなものを欲するのであれば、自前のアドレスを用意する必要がある。
まずは何らかのドメインを持ち、それを手放さないことだ。それさえできれば、他はどうとでもなる。
ドメインを手に入れたならば、次は独自ドメインを利用できるメールサービスと契約する。
僕のお勧めは使い捨てのアドレスを自在に作れるproton.meなんだけど、もっと安いサービスもあるから適当に選んでしまって良いと思う。
ドメインさえ維持していればメールサービスを変更してもアドレスの一貫性を保つことができる。
……という作業を、さっきまでやってた。
僕んなかじゃ「相思相愛系のAV」と「時間停止モノのAV」は共に「ありえない」の括りに入っているから、観たところでピンとこないんですよ。
信じられるのはNTRです。
NTRというジャンルには現実味があるうえに一粒で三度おいしい作りになっていて、一つの作品を「寝取る側」「寝取られる側」「ヤられる側」の三つの視点から味わうことができるので捨てるところがありません。
しかし、NTRモノのAVで鑑賞に堪える作品はそんなに多くありませんでして。
大抵の作品において、過程が蔑ろにされがちなんですよ。最低3時間は必要な描写を1~2時間に圧縮しているものですから、どうしても雑になりがちなんです。
「ヤられる側」が最初の30分で堕ちているような作品などNTRとは呼べません。堕ちた後ばかり抜いたって浮気モノにしかなりませんからね。
NTRをNTRたらしめるのは葛藤や気持ちの移ろいであり、その表現を成立させるには高い演技力が必要ですから、演技力のない俳優もまたNTRを台無しにさせる要因となります。
「NTRっぽい台詞があればNTRになる」というのも違います。NTRにおいては台詞以上に目と舌が物を言うと思います。なんなら絡みも要りません、キスだけあれば成立させることができます。
キスって万能なんですよ。それは粘膜の交流であり、表情にもフォーカスできるのですから。
また、構成に関してもNTRは特殊です。一度や二度の絡みではNTRなど表現できません。NTRに必要なのは繰り返し(=しつこさ)です。
一部のNTR作品はモンタージュを使ってこれを表現しているのですが、それらは過程の省略であり説明の役割しか果たせていないので、観ていて物足りなさを感じます。
堕ちきった後の描写なんてNTRにおいては起承転結における結であり三幕構成における第三幕であり、AVにおいては「ありきたりなシーン」に過ぎないのですから、そこに大きな時間を割くのは間違いなんですよ。省くのも間違いですけどね。
何事においても結果を得ることは大切でしょうが、その過程にこそ物語は宿るのですから、自らの物語を彩りたい人は過程を大切にすべきだと思います。
NTRへの愚痴だけを書いて終わらせてしまうのもアレなので、人生訓っぽく〆てみました。
なお、現在は日曜日の寝起きです。
【追記】時間停止モノのAVは要らない。
書き足りていないので追記をします。
僕は時間停止モノのAVが嫌いです。大嫌いです。消えちまえば良いと思っています。
時間停止モノのAVには、「出演している女優が行為の最中に一貫して無表情でいられるという事実を視聴者に伝えてしまう」という負の価値があります。
時間停止モノに出演した女優については、他の作品で目にするたびに「どうせ演技なんだろ?」と思うようになってしまうんですよ。
もちろん、演技はしているに決まっています。それは常識として理解しているのだけれども、あえて明かすのは野暮ってもんでしょう。
「全てのアイドルがウンコをすることは常識として知っているけれど、それを見たいとは思わない」ってのと一緒です。まあ、見たいって人もそれなりにいるのでしょうが。
稀に時間停止モノでも我慢ができていない女優というのも存在するわけですが、そのような表現は(演技であっても)素敵だと思うのでどんどんやってください。