「人が若い異性を好んだり、10代の主人公を好んだり、自己肯定感に飢えたりするのは、10代の頃にやり残した諸々のせいではないか?」とAIに言ったら、「それ、ゼイガルニク効果ってヤツっすよ」と言われた。
調べてみると、確かにそれだった。
10代を思うように生きられなかった人は、10代のタスクに縛られたまま、その後を生きることになる。
「思い通りにならなかった」というだけのことを、まるで大きな挫折をしたかように悔い続けることになる。
多くの人がそうした呪いに掛かってしまっているのだとしたら、それは紛れもなく社会の問題だろうけど、今さら社会を責めたって呪いが解けるようなことはない。
この呪いから解放されるには、現在の自分を肯定するか、あるいは、誰かに肯定してもらう必要があるのだけれども、それはそれで難しいからプランBが要る。
僕が提示する代替案は、物語化だ。欠落を魅力的に語ることができれば俯瞰と総括と昇華を同時に成せるし、怖いものがなくなる。無敵になれる。
自虐は嫌われがちだけど、それは聞くに堪えないような自虐が多いからであって、面白くできるものならば幾らでもやればいいんだよ。
たとえば僕は十代の頃に好きだった女の子の名前を使ってエロ小説を書いたうえ、さらにはそれを当人に読ませて絶交されたけど、結果的にはスッキリしてる。
一生モヤモヤするよりも、なんであれ片が付く方が良い。本来は告白しておくべきだった。しっかり振られておくべきだった。
かくして僕は少し大人になって、熟女物でシコれるようになったよ。