こんな形で統一教会問題が息を吹き返すなんてね。


全国霊感商法対策弁護士連絡会からの抗議に対し安倍晋三氏が「ビデオレターを出したのは軽率だった。被害者の方に不快な思いをさせてしまい申し訳ない」とでも回答していたなら状況は違っていたと思うのですよ。

きっと僕らにも責任はあります。
前世紀に提起されていた問題を、すっかり忘れていたのですから。

無気力なのです。


無気力なのでブログの更新もサボっているのですが、無気力ならば無気力と書いた方が良い気もするので書いております。

世間様は選挙で盛りあがっているようですが、馬鹿が馬鹿を担ぐお祭りなんて僕にとってはどうでも良いのです。

馬鹿は放っておいても歴史に裁かれるのですから、どうにかしてやろうとは思いませんし、どうにかできるとも思いません。

大体、何ができるってんですか? ポイントオブノーリターンを過ぎてから考えたって無駄なんですよ。

皆さんがこれから考えるべきことは、それぞれの身の処し方であり、学ぶべきは「生存術」か「後始末」です。

他者の幸せを願う余裕など消えてしまうのでしょうから、せめて自分だけでも幸せになれるよう各々頑張ってください。

僕は皆さんの幸せをお祈りしますよ。僕は自分に望みを持っていないので、代わりに、良きように生きてください。

まあ、誰かが幸せになったって、僕は幸せにならんのだけどね。

それでもほら、他人の幸せを願う人って、不幸を願う人よりは印象が良いわけじゃない?

だから僕は本当のところは全人類が不幸になれば良いと思っているのだけれども、世間体を取り繕うためにまるで逆のことを言っとるわけですよ。

というのさえも実は露悪表現であって、本当は幸せを願っているのだけれども、そのまま伝えるのは恥ずかしいから照れ隠しをしているのかも知れない。

どっちだろうね? というか、何が言いたいんだろうね? 分からなくなった? 分からなくなるようにしたんだよ。

何か言ってるようで何も言ってないエントリーを書いてやろうと思って。

アウターワールド(二度目)。


苦しみは現実を意のままに操ろうとするところから始まるのです。
物事はこうあるべきという考えに固執し、ありのままの姿を楽しめないことが原因です。

コントロールジャンキーだらけの昨今では耳の痛い台詞だね。

十三機兵防衛圏。


「高いから」という理由でスルーしていた本作ですが、ついにやりましたよ。安くなったので。

(そして感想は一切書かないっていう)

理由もなくイラつく。


理由がないから当たれるものもない。

自分にとって都合の悪い記憶や感情を押し込んできた心の中のゴミ箱が経年劣化で壊れかけている。

というわけでUnityで遊んでる。

ゲーム作りらしきことをしている時が一番落ち着く。

そう言えば、僕という人物は、もともと、これをする人だった。

生活を維持することにかまけすぎたな。

今期の変態倉庫番。


Baba Is Youよりルールは簡単。

(解くのが簡単とは言わない)

怒りに任せて人を殴ってはいけない理由。


昔、友達のCDケースから取り出したCDをフリスビーにして遊ぶというイタズラをしたことがあります。

といっても、投げたのはブランクのCDで、本物のCDはあらかじめ別のケースにうつしてありました。

友達を驚かせた後で「本物は無事だよ」とネタばらしをするつもりでいたのですが、ネタばらしをする隙もなく僕は顔面をグーで殴られました。

結果的に僕はその友達と絶交することになりました。

イタズラを仕掛けておいた僕が言うのも何ですが、彼は殴りたいという気持ちを少しこらえて対話の時間を設けるべきでした。

せめて拳を振り下ろす前に「なぜやったのか?」と訊きさえすれば、結末を変えられたと思うのですよ。

「良く見ろブランクCDだ」「ふざけんなよもう、ビビらせやがって」「あはは。騙されてやんのー」といった感じになっていたと僕は思うのですよ。

彼が殴りさえしなければ。

等しく終わってしまうのがいい。


世界が終わるボタンがあったら躊躇なく押してしまうと思う。

全ての不幸に終わりが訪れると共に、幸せな人は、幸せなまま、笑顔で終わってしまうのがいい。

最高のハッピーエンドだと思う。

でも、現実にそんなボタンはないから、生の苦しみを慰め合いながら死を追うように生きることしかできない。

だから僕らは人に優しくしていかなければならないんだよ。

Kasperskyを捨てた。


製品には全く不満がなかったんだけど、こうなってしまうとさすがにね。

いっときは「逆に安全じゃないか?」とも思ったんだけど、プーチンを常識で測ってはいけないと思い直した。

乗り換え先はBitDefender。

あまり期待していなかったんだけどスパムフィルターは既にKasperskyよりも優秀な挙動を示している。

具体的に言うと、Kasperskyが排除しなかった「えきねっと詐欺メール」をBitDefenderは排除してくれている。

大抵の人は首を吊れるけど、吊らない。


「あいつは大したことをしていない。それぐらいのことなら俺にだってできる」と言う奴おるけど、結局そいつはしなかったんだろ?

結果だけを見れば「できるけどしない」と「しない」は同じなのだから、しないことを前提とするのであれば、できるかどうかなんて関係ないよな。

「やる」という判断ができないのであれば、それも込みで「できない」と言い表す方が適切じゃないか?

「やろうと思えば」と簡単に言う人は、やろうと思えるかどうかというハードルを低く見積もりすぎてるんじゃないか?

僕だってその気になりさえすれば3分以内に首を吊れるよ。