僕んなかじゃ「相思相愛系のAV」と「時間停止モノのAV」は共に「ありえない」の括りに入っているから、観たところでピンとこないんですよ。
信じられるのはNTRです。
NTRというジャンルには現実味があるうえに一粒で三度おいしい作りになっていて、一つの作品を「寝取る側」「寝取られる側」「ヤられる側」の三つの視点から味わうことができるので捨てるところがありません。
しかし、NTRモノのAVで鑑賞に堪える作品はそんなに多くありませんでして。
大抵の作品において、過程が蔑ろにされがちなんですよ。最低3時間は必要な描写を1~2時間に圧縮しているものですから、どうしても雑になりがちなんです。
「ヤられる側」が最初の30分で堕ちているような作品などNTRとは呼べません。堕ちた後ばかり抜いたって浮気モノにしかなりませんからね。
NTRをNTRたらしめるのは葛藤や気持ちの移ろいであり、その表現を成立させるには高い演技力が必要ですから、演技力のない俳優もまたNTRを台無しにさせる要因となります。
「NTRっぽい台詞があればNTRになる」というのも違います。NTRにおいては台詞以上に目と舌が物を言うと思います。なんなら絡みも要りません、キスだけあれば成立させることができます。
キスって万能なんですよ。それは粘膜の交流であり、表情にもフォーカスできるのですから。
また、構成に関してもNTRは特殊です。一度や二度の絡みではNTRなど表現できません。NTRに必要なのは繰り返し(=しつこさ)です。
一部のNTR作品はモンタージュを使ってこれを表現しているのですが、それらは過程の省略であり説明の役割しか果たせていないので、観ていて物足りなさを感じます。
堕ちきった後の描写なんてNTRにおいては起承転結における結であり三幕構成における第三幕であり、AVにおいては「ありきたりなシーン」に過ぎないのですから、そこに大きな時間を割くのは間違いなんですよ。省くのも間違いですけどね。
何事においても結果を得ることは大切でしょうが、その過程にこそ物語は宿るのですから、自らの物語を彩りたい人は過程を大切にすべきだと思います。
NTRへの愚痴だけを書いて終わらせてしまうのもアレなので、人生訓っぽく〆てみました。
なお、現在は日曜日の寝起きです。
【追記】時間停止モノのAVは要らない。
書き足りていないので追記をします。
僕は時間停止モノのAVが嫌いです。大嫌いです。消えちまえば良いと思っています。
時間停止モノのAVには、「出演している女優が行為の最中に一貫して無表情でいられるという事実を視聴者に伝えてしまう」という負の価値があります。
時間停止モノに出演した女優については、他の作品で目にするたびに「どうせ演技なんだろ?」と思うようになってしまうんですよ。
もちろん、演技はしているに決まっています。それは常識として理解しているのだけれども、あえて明かすのは野暮ってもんでしょう。
「全てのアイドルがウンコをすることは常識として知っているけれど、それを見たいとは思わない」ってのと一緒です。まあ、見たいって人もそれなりにいるのでしょうが。
稀に時間停止モノでも我慢ができていない女優というのも存在するわけですが、そのような表現は(演技であっても)素敵だと思うのでどんどんやってください。