世界に向けて悪口を発信するから訴えられたりするのであって、悪口を言えない世の中になってるわけじゃないと思うよ。


ツールが便利になりすぎたせいか、Xのようなサービスを使いながらも不特定多数に向けて情報を発信しているという自覚を持てない人がおるらしいんよな。その手の輩のリスクマネジメントに対する意識の希薄さは、バイトテロ動画をアップして炎上するアホと大差ないんよ。匿名掲示板がログを取らなかったのも昔の話。今の時代に身元を隠すには、ちょっとした工夫が必要になるんだけど、そのちょっとした工夫が分からないのであれば、みだりに悪口なんか言わん方がいいよ。当人に聞かせられない悪口は陰口に留めるのがマナーってもんだよ。陰口さえも言うべきではないってのが本当のマナーなんだけど、みんなにそれを求めるってのは大衆の倫理観を高く見積もりすぎてる。ネット上では正論が“胸を張って言える悪口”として用いられているところがあって、ベクトルの向きこそ違っても同じだけのカロリーが使われてると思うんだよね。「死ね」なんて言葉を使わなくても、正論を使えば社会的に人を殺せるし、その確度の高さから達成感を得やすいうえに、良いことをしたと自分を褒めてあげられる。正論を批難するつもりはないけど、それを用いる動機には邪悪さがある。誰かを土下座させても明くる日にはもう別の誰かに怒ってる。怒りがエンタメ化している。快楽を得ることが目的であるなら、ツールとしての正論の性質は悪口と大差ないと思うんだよね。僕から見ると人の性質なんて、昔から何も変わっとらんのよ。

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