うるさく生きよう。


僕たちは理由があって生まれたのではない。まず「生きてしまった」というのが先にある。原始生命にしたって、たまたま生きる能力を持ってしまったがゆえに、生きてしまった。自己複製能力を得てしまったが故に、栄えてしまった。より長く生きる能力を得た種ほど、より長く生きた。より繁殖する能力を得た種ほど、より増えた。その線上に僕たちがいる。生きることや増えることに一際長けて、より強くそれを望むように最適化された生物として、僕たちがいる。だから僕たちは、誰に教わるともなく本能のレベルで、より長く生きようとしたがるし、増えようとしたがる。そんな生き方をするほど気持ち良く思うようにできているし、反面、抗うと辛い思いをすることにもなる。一部のこじらせた人たちは、本能のままに生きる人たちを蔑みながら暮らしているけれど、挙げ句、孤独に陥って狂ったりする。結果的には動物らしく生きている人の方が幸せになってしまったりもする。動物であることを辞める人や、動物として生きていけない人は、動物としての幸せを失うことになる。それは、大抵の人にとって不幸なことだ。僧侶になるようなものだもの。なりたくてなるのであれば良いけれど、なりたくもないのになってしまうなんてのは、いくらなんでも悲惨すぎるよな。だからね、動物として生きたいのに、それができない人は、もう、好きなように生きて良いと思うんだよ。だって、そこよりも不幸な場所なんてないわけじゃん? お行儀良く生きていてその状況なら、お行儀良くする意味もないじゃん。「自分の不幸に目を瞑りさえすれば問題なく回っていく社会」なんて、君にとってクソみたいなもんじゃん。それとも自己犠牲の精神とやらで支えていく気か? ……君を幸せにしなかった社会をさ。そんな生き方をしてみたところで感謝なんか誰もしてくれないぜ? 社会が君に掛ける唯一の期待は、ひっそりと死んでいくことなんだから。そんな社会を嫌うのであれば、うるさく生きてやるしかないだろ。

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