2026年8月のもろもろ。

現時点ではノープラン。カレンダーを見てもピンとくるものがない。だからタイトルは「8月のゲーミング」ではなく「もろもろ」とする。

【音楽深化論 ~the battle~】

決勝は人畜乱弾vsのっぺらだってさ。良い大会だね。

《追記》

決着した。結果には納得できる。どっちも凄いんだけど、のっぺらは泣かしてくるんよ。

ここからは万が一にでもファンの人に読まれると怒られそうなド主観を書くけど、人畜乱弾の弱点はヴォーカルだと思う。声質もパフォーマンスも素晴らしいんだけど、ピッチが気持ち良いところに入ってきてくれない。自己催眠的に「パンクだから」と補正を入れながら聴いたんだけど、僕の耳には合わせることができなかった。ただ、これは味として消化しうるものだから、単に「僕には合わない」と総括しておく。あえて書いた理由は、補正が可能だからだ。

《追記》

決勝の翌日にはこんなんがnoteに投げられてた。呪われとんなあ。この手の事案では(少なくとも双方の主張が出揃わない限り)登場人物全員が信用できないので僕は何者にも肩入れしない。

Link: 音楽深化論/のっぺらというバンドについて

《何者にも肩入れしないと言えばだよ》

僕は現実の知り合いのトラブルにおいても同様のスタンスをとっているため、「おまえは誰の味方なんだよ」と怒られたり、絶交されたりしている。単に八方美人なわけでも、優柔不断なわけでもなく、自分が正しいと思うことしか言わないという点において、一貫性を維持してるつもりなんだがな。僕が無条件に味方する相手なんて、仮にいるとしてもパートナーぐらいだよ。つまり、存在しないってこと。

《UPDATE》

一日が経過して少しだけ状況が変わったようなので思うことを書く。こういう話題は嫌いなんだけど、ひとたび触っちまった手前、書く。元メンバーがショップに登録されたファンの個人情報を使ってストーキングに及んだという疑惑については、それが事実であるならばファンに迷惑が及んだものとしてのっぺらとして謝った方が良いと思った。のっぺらとしては既に「のっぺらの通販を発端としたことでholeさんに精神的な負担をかけてしまったことは申し訳なく思っています」と表明しているので最低限の対応はできていると思う。ただし、副助詞の入れ方にちょっと問題がある。「負担をかけてしまったことは申し訳なく思っています」とすると、「他に思うところもあるけれど」というニュアンスが出てしまい揚げ足を取られることになる。道義的に謝っておいた方が良い局面では、抜かりなく謝る方が良い。半端な謝罪って無意味化するどころか逆効果になる場合もあるからね。

【ラヴ上等 Season2】

エンタメの感想を言い合う友達からは「そんなもん観てんの?」と言われるんだけど、前のシーズンから真面目に観てる。僕はやられる側の者としてヤンキー文化を良く知っているので、登場する子らの薄っぺらさをエンタメとして楽しんでいる。そもそもこいつらはどんな動機で恋リアになんか出てんだよ。各々の凄惨な過去を全世界に向けて暴露する動機など自己呈示以外には考えられない。主演者の目的はプロモーションか、そうでなければ本物の馬鹿かだ。この番組には「漢」などおらん。恋リアをドキュメンタリー扱いする気はないが、通常カメラを向けられた人間はそのペルソナを極大化させるものだろう。つまり、彼らが世界に向けてアピールしたがっている理想の自分があのザマであるということだ。せめて格好良くあろうとはして欲しいものだが、恋リアというフォーマットはそれを許さない。だから綻ぶ。僕はそれを見ている。

《追記(弩級のネタバレあり)》

最終話ラスト5分のサプライズ(公開情報である全10話という前提を覆して、10話までが前半であることを発表してシーズンを延長)は前例のない構成で、これには本当に驚かされた。これを過去にやろうとした番組自体は存在するんだけど、事前に情報がリークされるなどして成功したものがなかった。

【ガス人間】

闇鍋みたいなお話で僕の好みではある。プロットが何かに似ていると思ったが、おそらく龍が如くだな。広瀬すずの妹っぷりが良かった。

【誰かがトポロジーの教科書を作るべきだと思うんよ】

ねえからGPTに作らせてる。くびれでNgonを許容するのは間違ってると思う。

【犯罪者】

バカップルが爆発するさまを見て「ざまあみろ」等と言いたくなる気持ちは分からなくもないですし、それを言うことがエンタメになることも理解していますし、なんなら僕自身もそれをやる場合があるのですが、あのカップルに向けてそれを言うのは簡単すぎるからやりません。最近の僕はクズ共に寛容なのです。真に有害なのは向上心のなさであって、頭の悪さではありません。

【ドールハウス】

超常現象はどうでもいいですが、6分30秒あたりは怖かったです。品の良いホラーなのですがジャンプスケアを入れてしまったことで些か格を落とした感があります。

【喧嘩独学】

「いじめっ子をぶちのめす」という全てのいじめられっ子が一度は抱くであろう夢に付け込むようなドラマですが、実際にやろうとするとぶちのめされます(これは実証済みです)。現実を生きる我々はトレーニングモンタージュ一つで強くなれたりしません。弱者が溜飲を下げるオカズとして観るぶんには良いと思いますが、役に立つことはないでしょう。

【ミステリー・アリーナ】

真面目に観ると損をしますが、不真面目に観てもつまらないです。脚本と演出の敗北だと思います。映像化不能と言われた原作を脚本に落とし切るまでに26稿を要したのだそうですが、その結実があのザマとは嘆かわしい限りでございます。結論としては「映像化不能だったね」でしょうか。国民クイズフォロワーのような作品に仕立てる必要があったとも思えません。さて、国民クイズと言えば今年はネトフリによる実写化作品が公開されるそうですよ。国民クイズもまた実写化が難しいと言われている作品ですが、尼プラ板「笑ゥせぇるすまん」という地獄のような作品に関与したマギー様が脚本を書いていらっしゃるので悲惨な出来になると思います。

【りくりゅうペア】

8月23日(日)の午前中はりくりゅうペアの一番エロい画像を探すというこの世でいちばん生産的な行為に時間を使わせていただきました。おめでとうございます。

【今際の国のアリス】※ネタバレあり

シーズン3まで続いているのだからきっと面白いのだろうと思って視聴を開始したのですが1話で頓挫しました。1話で描かれる「生きるか死ぬかゲーム」は破綻していると思います。これを論理で解けるようにするには下記のような設定が必要になると思います。

① ドアを開いても入室しなければセーフとする
② B2->C2にドアもしくは壁があるものとする(C1を開始地点とする)

A1 A2 A3
B1 B2 B3
C1 C2 C3

③ 行列外へ通じるドアが不正解であることを示す何らかの情報(ドアを開けば分かるようなもので良い)があるものとする。※ただ、これに関しては館内マップを使って予想できるかも知れない。

《切らずにもう少し頑張ってみようと思います》

若干の忍耐と広い心を持てば何とかなるのではないかと。

《S2の中盤まで観ました》

1話観るごとにブチ切れているので非常に時間が掛かります。プロットの都合によって乱高下するアリスの知能指数やら露骨なプロットアーマーやらをすんなり受け入れるには、酒を飲むかバカになる必要があるのですが、酒は飲みませんしこれ以上バカにもなれませんから何とか耐えるしかないのです。僕の評価ではアリスという人物は学習能力のないヘタレかつアホです。大した活躍をしていないどころか、逆に助けられる場面が多いのですが、周囲からは一目置かれています。人徳のなせる業でしょうかね。彼が泣き言を言ってママに慰めてもらう様を眺めるのはもうウンザリですよ。特に、元の世界に戻る希望を失った途端にやる気を無くする様には幻滅しました。そのような描写をすると行動の動機が利己心に収束してしまい、彼を生かすためにお亡くなりになったキャラクター達が浮かばれません。この瞬間にアリスという人物は僕の中で見下げ果てたクズになったわけです。アリスに限らず男性キャラの大半がクズですから、応援できる人物がいません。……みたいな感じの愚痴をこの10倍以上の分量で書きながら観ているので視聴が進まないのです。非常に熱心な視聴者であるとも言えます。

《S2を見終わりました》

天秤のゲームの落とし所に感心し、ようやくアリスも少しは成長したのではないかと思っていたところ、最終話で再びアリスへの評価は地の底へと転げ落ちてしまいました。アリスはウサギを大切にしていません。「自分にとってウサギが一番大切であることを自分の次に大切にしている」というのがアリスという人物のメンタリティーです。重要な局面においてアリスはウサギの言葉に耳を貸しません。思考の中心にあるのは常に自分です。都合良く慰めてくれる女を、都合良く大事にしているだけです。

《S3を見終わりました》

ようやくアリスがまともな大人になりました。所帯を持つと人間は変わるらしいです。ウサギが今際の国に戻った動機は理解できません。おそらくバカなのだと思います。確実に全員が助かるゲーム(ゾンビ狩り&暴走電車)で人が死にまくる有様は酷いものでしたが、終り良ければすべて良しです。全シーズンを通じて腹を舐める妖怪やら人妻ハンターといった変態軍団の猛攻を凌ぎきったアリス夫妻を祝福しようと思います。

【キャラクター駆動とプロット駆動】

物語は人物(キャラクター)に筋(プロット)を辿らせて作ります。

キャラクターは作者が都合良く動かせるものではなく、あらかじめ仕込んでおいた設定に従ってオートマトン(機械人形)として動きます。

作者がオートマトンを思い通りの場所へ向かわせるには、オートマトンのルールに従ってゴールまでのレールを敷く必要があるのです。

この考え方は「チクタクバンバン(メガハウス)」や「スライドパズル(世界のアソビ大全)」に喩えることができるのですが、どちらを挙げてもピンとこない人がいるでしょうからここでは掘り下げません。

作家には良く「自分がキャラクターを動かしているのではなくキャラクターの方が勝手に動く」と言う人がいるのですが、それは上述のオートマトン化が上手くいっている証と言えます。綿密に組み上げられたキャラクターは、作者の思惑から離れて勝手に動くことがあるのです。

プロットに沿う行動原理を持たないキャラクターを無理矢理プロットに沿わせると、人格の一貫性が損なわれ、キャラクターが崩壊してしまいます。

ですから、大抵の場合において、プロットが変わればキャラクターに手を入れる必要が生じますし、キャラクターが変わればプロットに手を入れる必要性が生じるのです。

……というテキストを、今際の国のアリスを観てから書き下ろしたので察してください。

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