現実なんてこんなもんでしょう。


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この記事によるとパートナーというのは子作りの道具であり、財布でもあるらしい。

それにしても、身長ねえ。

令和を生きる人たちは昭和を生きた人々よりも礼儀正しく振る舞うようになったようでいて、ルッキズムに呪われているようだ。

SNSの普及により、人々の容姿の優劣は「いいね」やら「表示回数」といった数値で比較されるようになった。

公に人様の見た目を揶揄するような風潮は改善しつつあるものの、容姿に執着する者は増えているのかも知れない。

ブスの扱いはポリコレの力によって侮辱から無視へと転じつつあるけど、いずれにしろブスは助かりそうにない。

我々が交尾により繁殖する生物である以上、配偶者選択の基準を持つことは必然だから、見た目で判断されてしまう現実は変えようがないとは言え、「しょうがない」では割り切れない。

しょうがあろうが、なかろうが、ブスはブスとして生きてかなきゃならないんだから。

僕はずっと、そのことに怒ってる。どうしようもないと知りながら、怒り続けてる。

ブスは生得の性質であるから、それにより肩身の狭い思いをするのは理不尽でしかないんだよ。

ならばどうすれば良いかって? 気にしない(あるいは気にしない振りをする)か、美という価値を蹴飛ばして別のルールで戦うか、フィクションの世界に逃げ込むか、全力で傷を舐め合うかしかないんじゃないか?

美の基準は文化的に書き換えられると言う人もいるけど、それは平均顔を中心としたレンジでしか通用しないだろうし、そもそも基準があること自体が問題なのだから、対策としては無意味だろうね。

いずれの道を選ぼうと負け犬呼ばわりはされろうだろうが、自己決定権の埒外の評価を気にするのは時間の無駄だと思う。

我々は賢くなるしかないのだ。

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