いつまでも生きていられると思うなよ!
四十代も半ばを過ぎたら、病気をする度に「今回はくたばるかも知れねえな」と思うようになってきた。
くたばること自体は避けようがないが、いつ電源が落ちても良いと思える生き方をしておきたいものだ。
死を傍らに置きながら生きるという考え方を理解するには山田五郎教授の最後の授業を観るのが良いと思う(動画のタイトルも直球の「メメント・モリ」だ)。
どうやら死を想うのに絵画など必要ないらしい。この動画の中で最も死を想わせる存在は数日後にくたばることになる山田五郎教授その人だ。「死を想え」と言うよりもまるで「俺を想え」と言っているかのようだ。
山田五郎教授は格好良く死んだけど、終末期の癌患者の有様としては当然のように悲惨でもあった。この悲惨さは取り繕いようがない。そして、特別なものでもない。僕だって、くたばる時は悲惨だろうからな。万人に等しく訪れる悲惨だ。
ある友達が音信不通になっている。共通の友人たちも彼女とは連絡を取れていない。おそらく死んだのだと思うが、寂しくはあっても悲しくはない。どちらが先にくたばるかという順番の問題に過ぎないからな。あの世というものがあるかどうかは知らんけど、くたばっちまった人は漏れなく「同じ形の何か」にはなるだろう。
一つだけ確実に言えるのは、未練なく死ぬことは絶対にないということだ。僕がくたばった後にも面白いゲームが発売され続けるのかと思うと死ぬに死ねない。「思い残すことなどない」なんてのは未来に楽しみを持たない奴の台詞だろうね。
とは言え、死後については諦める以外の選択肢がないから、せめて生きているうちにやりたいことを思い切りやっておくしかないんだよ。
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